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自由帳!

超・雑記ブログ!一昔前の、日々思った事を書くスタイル。

感情を出す。


炎上するかはそいつのレベルとぶつけ方次第。


考える習慣が出来たのはいいが、代わりに感情を吐き出すのが下手になった。


「バカが平和でいるのには理由がある」

だって、考えないで感情出してもストレスはたまんないしね。

むしろ「考える方がストレスがたまる」。


あーもう無理無理。

「説明しようとする」から「伝わんない」しストレスがたまるんだわ。

子供に伝えるならその方がいい(冷静に話を聞いて感情を受け止めてあげて、冷静に理由を説明してあげる必要がある)。

…が、対等以上の相手なら、「俺は気に入らねーと思ってる」や「これすげー面白いんだよ」と伝える方が良い。


例えば、ゲームの面白い所を伝えるには「ここの爽快感」と「この名場面」が最高で、こういう感情が想起されるからやってみて!でいい。

このゲームシステムとこのバランスが〜なんつったって、ゲーマーにしか通じない。

しかも過去作をやった事あるやつにだけ。


「知的なバカ」すなわち「頭でっかち」になってたので、振り幅を戻す意味でも、ちょっと「感情的な記事」を多めに上げていく方向にする。

まだ「適切な出し方」には至らないので、しばらく「つまんない記事が続きます」。

ご了承下さい。


◾︎昔の友達と会ったとかいうお話し

15年来お世話になっていると諸先輩方と遊びに行きました。

…実に2年ぶりに。

凄え不思議な事に、2年に一回は遊ぶ友達ってのが「10人」くらいいます。

*男→女の連絡の場合は除く。ほほ100%ザオラルメール。

あ、ちなみに2年ぶりに会っても「全く同じ感じで話せます」。

成長はしてるが、前の共有の話題と、最近の出来事を話せるという事です。

共通の趣味や体験はやっぱデカいね。


…で、だ。

久しぶりに昔からの友達と話すと、「昔の思い出=昔の思考」ってのが思い出されるんですわ。*直接そいう話しをしなくても、折に触れて昔の自動思考が出てくる。

ここ最近「自分の中では」かなりの変革期を経て、ようやく冷静に昔と比べられるようになったので、そこで気付いた事を書く。


⚫︎絶頂期の友人

今残っている友人は、大半が何故か「絶頂期の友人」です。

絶頂期ってのは、筆者が「最も人生を楽しく過ごしていた時期」です。

何が最も良かったかというと、「好きな事を目一杯やって」「一緒に目一杯楽しめる友人がいた」という事に尽きます。

バイクで一緒に遊び回る親友がいたり、クルマで皆んなではしゃぎ回ったり、カウントダウンイベントで暴れてたり、夜通しゲーセンで騒ぎ回ったり、アーティストライブを一緒に行ったり、バンドを一緒にやったり、原宿、渋谷、代官山、恵比寿、中目黒の服屋を終日かけて回る友達がいたり、イケメンの友人が連れてきた女の子グループと海で遊んだり…など、およそ全ての遊びを「約4年間(18〜22歳)」で全て体験しました。

んで、その結果は「勉強失敗」と「パニック障害発病」によって、見事に社会から脱落した訳ですが、その時に「思い出を共有した友人」が、高確率*で残ってるんですよ。

*さすがに全員じゃない。

その時に自分が何をしたのか?ってのを紐解くと、意味があるんじゃないかという事で、次。


⚫︎感情を出す

まんまです。

元々が「ハッキリ言うタイプ」で、クラスでも浮き気味だった事を踏まえても、かなり強く「感情を打ち出して」いました。

とはいえ「生活が楽しかった」ので、出る言葉はポジティブだし、遊びに誘う時は「楽しい感情の体験=楽しいイメージ」を前面に打ち出してたし、人付き合いも余程の事がない限り楽しんでました。

まあ「自己肯定感が高い」時代でしたね。

*それ以前は、勉強も出来ず、ヤンキーに取り込まれて社会的にも微妙で、自己肯定感は最低水準でした。


「感情を出す」と言うと難しそうですが、ポイントは2つです。

1、「喜怒哀楽」を出す

喜楽だけでも、努哀だけでもダメです。

楽しんで、悲しむ。

嬉しがって、怒る。

これを全て表現してこそ、最高に価値があるのです。


「気になるあの人」が…

何に嬉しがるのか?

何に怒るのか?

何を悲しく感じるのか?

何をしてる時が楽しそうなのか?

…と、知りたくないですか?

では、自分が先に見せましょう。

とはいえ、生活がつまらないと「喜怒哀楽のバランスが取れない」ので、見せ方がおかしくなります。

なのでもっと「楽しい事」をして、「喜楽」のバランスを上げましょう。

享楽に溺れる直前くらいが最もバランスが良かったりします。

バランスが取れたら、感情を出していきましょう。

そしてポイントの2つ目。


2、適切な出し方をする

感情を出さない人にありがちなのが、「いきなりMAXでぶつける」という事です。

例えば「怒っている」という表現。

ヤンキーが殴り合うまでを例にしてお話しします。

まずヤンキーは気に入らない人を見ると「ガンをつけます」。

要は「お前気に入らねーんだよ」「ケンカしようぜ」という意味です。

ここで1ステップです。

んで、相手もそれを受け入れると「ガンをつけ返します」。

で、成立すると、まず言葉を交わします。

「何見てんだよ?」「お前がガンつけてきたんだろうが」という、ある意味「社交辞令」とも言える様式美を行います。

ここまでで2ステップです。

ここまで行ったとしても、どちらかが「引けば」殴り合いません。

ここで引かずにガンを付け合いながら「殴る間合いに入り」、身体が触れたらスタートです。

この後にようやく殴り合います。

状況によりますが、人目がつかない所に移動し殴り合うか、人目が少なければその場で殴り合います。

ここまでで3ステップです。

つまり、殴り合うまでに「何ステップか踏んでる」のです。

*対等なレベルの場合。格下のしょぼい調子乗ってる気に入らねーやつにガンつけて、向こうが挑発的なリアクションをした場合は即殴ります。


これが「怒り慣れていないやつ」の場合だとどうなるかというと、突然「刺し殺そうとします」。

ムカついてるんだけど、意思表示はせずに溜め込みます。

そして「一気に爆発する」。

ヤンキーはキレやすいですが、基本的に「殺し合おう」とは「思ってません」。

「殴り合おう」と思ってるのです。

しかしながら、溜め込むタイプは違う。

「殺そうとします」。

包丁持ってなんとか〜とか、拳銃乱射して何とか〜というのは、ほぼ100%「感情を出さないタイプ」です。

*拳銃は日本で抗争中の場合だけは除く。海外の拳銃乱射事件とか。


これが、全ての感情で当てはまります。

つまり、日常で我慢している「感情」があると、反動で過剰な行動をしていまいやすくなるのです。


適切な「喜怒哀楽を見せる」つまり、感じたままに「そのままの感情を出す」事で、「ああこいつ今こう思ってんだな」と「周りに周知する事ができる」。

特に「対個人」で重要です。

興味ない事に誘われたら、我慢してついて行くよりも一回だけは付き合いで行って、2回目に「ごめん。あれあんまり楽しくないんだ。別の事しない?」とやんわり断ればいい。

と言うか、感情が正直に出てれば「バレてる」ので、2回目から誘われなくなります(笑)

「怒り」も「喜び」も「楽しみ」も、都度見せていきます。

遅刻されて「怒っている」や「悲しい」、一緒に遊べて「嬉しい」、この出来事を共有できて「楽しい」などの大きな事から、ドアを開けてもらったら、料理を取り分けてもらったら、何かを持ってきてもらったらの「ありがとう」などを欠かさずに伝えましょう。

「ごめんなさい」も同様に、早い段階で入れ込んでいきます。

「自分が正しくない」と感じた瞬間に謝ります。

押し通すほどに謝りづらくなります。

軽いうちに済ませてしまう方が良いです。


集団の場合、周りの皆んなが楽しそうにしていて、自分がハブられ気味だから不機嫌になる事もあるでしょう。

その場合は「楽しめる要素を探す」のが先です。

中心の話題が興味ある事かどうか?、中心に近い人物で面白いやつがいるかどうか?、他のグループで面白そうなところはないか?などです。

一回行って楽しめる要素がないなら、行くのをやめましょう。

来ない事を聞かれたら「あの会は楽しいんだけど俺には合ってないから行くの止めるわ。誘ってくれてありがとね。」と伝えましょう。

んで、もし食い下がられるようなら「行きましょう」。

そしてもう一度だけ積極的に絡んでみましょう。

合わなければ、行けなければいいだけです。

そこでもし楽しくなったら、美味しいです。


逃げられない場所が馴染めない場所だった場合は…諦めましょう。

筆者の場合は中学校がそうでしたが、あれはマジでどうしようもない。

大人なら、精神を病む前にそこを辞めましょう。

耐えてもいいけど、見返りは大きくないし代償はでかいぞ。

ちょっと休んで自分を見直した方が早く復帰出来るよ。

筆者のように、体調悪いのを知りながらズルズル続けて、人生手遅れ一歩手前まで行ったように、ね。


◾︎まとめ

感情は「出す」。

そして「軽い段階で伝える」。

さらに、可能であれば「人生を楽しもう」。


思いつめても何もいい事ねーし、なんなら考え方が重くなって「楽しくない人」になっちまいます。


楽しい事して、俺と絡む人も楽しい気分で過ごせて、感情を共有できる。

そんな状況が確かにあったし、その時は何をしていても楽しかった。


ドン底まで行くとやる気が出るとかいう(堀江貴文氏とか)けど、ずっと勉強は出来て自己肯定感が高かった人と比べていいもんかね?


色々と回り道をしたけど、やっぱり人生は「楽しい事」を主体にしないと上手く回らない。

…というより、人生が上手く回った時は「そこしかない」。

全国大会目指して頑張った思い出とか、勉強頑張って全国〇〇位取ったとかいう記憶は「ない」。

必然的に資質が活かされるのは「そっち」という事。


皆んなが人生が一番上手く回ってた時はいつでしたか?

その時は「どんな感情を出して」いましたか?


何かの取っ掛かりになれば幸いです。