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自由帳!

超・雑記ブログ!一昔前の、日々思った事を書くスタイル。

仮説系記事。精神病について。

 

色々考えてて思い当たった事が一つだけある。

「拒否の心理」

です。

 

▪️あれもこれもしたくない

凄くやりたいけど「諦めてしなかった事」や、しなきゃいけないけど「どうしてもしたくない事」などが重なると発病する。

 

筆者の例だと…

1、女の子絡み

特に「セックス」。

何か「しちゃいけない」感が凄くあって、頑張って抑圧してたら、一時期女嫌いなレベルまで到達した。

それが分かったのは、認知療法やら何やらを自分で取り組み始めた「最近」。

俺も女の子とセックスしていいのね。

「お前とセックスしたい」って気持ちに正直になって、女の子に当ててっていいのね。

自分の性欲を抑圧してたら、女の子側の性欲の盛り上がりも感じれなくなっていたという。

「モテるやつが魅力的」ってのは、「自分の気持ち受け入れて」「相手の気持ちも受け入れてる」からなんだろう。

それは確かに「優しい」よね。

怖かったのは「女の子」じゃなくて、否定してた自分の気持ちだったという。

これを受け入れる事によって、一つのストレスが消えた。

 

2、勉強

俺の人生にずっっっっっっっっと付きまとってきた、大嫌いなやつ。

高校から大学まで、俺の能力に関係なく勝手にランク付けしていきやがった上に、将来の可能性すら奪い取っていきやがった、最低最悪なクソ野郎。

「無意味な暗記が大嫌い」ってだけで、学校生活がここまで差が出るのかと。

勉強なんて「やりたくない」から「やっても出来ない」し「やる気も起きない」。

おかげで俺は「勉強が苦手なんだ」って刷り込まれおかげで、「覚える事が大嫌い」だし「能力がない」と間違って解釈してしまったという。

ここ2年で100冊近い本を読んで分かったのは、「意外と俺いけんじゃね?」という事。

資格の勉強みたいな「単純な暗記」は未だに吐き気がする。

…が、抽象的な概念めいた本(無知の技法、クリティカルシンキング、リーディング・ネットワークなど)に、拒否感を覚える事がなかった。

100%使えるまで理解したか?というと怪しいが、考え方の応用範囲もデカいし、人と話してる時の面白い話題としても使えるし、新しい事を見た時に似た様な考え方が出てくると記憶に残りやすく、理解が早くなる。

未だに完全に受け入れられた訳ではないが、こいつ(勉強)が障壁になっている状況に対して、昔ほど苦手意識が無くなった。

と同時に、取れる選択肢が少し多くなった。

勉強をしたくないから「社会生活で上を目指す事を諦めた」という面が少なからずあった(中、高と6年間も底辺で周りと比べられて過ごせば「そういう自尊心」になる)が、「俺でもやれば出来るかもしれない」と気付けたのが、ここ数年の収穫。

堀江貴文氏や佐藤航陽氏や落合陽一氏のような「新しい概念を叩き出す超天才」には届かないが、業界のトップ10%くらいまでは「場所を選べば届く」。

拒否するモノがまた一つ減った事で、ストレスが軽減されました。

 

3、就職

上記の通り、職を選ぶ視点が「あれをしたくない」だった。

それじゃテンションも上がらないし、本当に好きな事は出来ない。

「なりふり構わず取り組める事」こそが、やってて面白い事なのは、堀江貴文氏も言う通りのところ。

しかしながら、「お金が絡み」「義務感が発生する」事によって、その辺りが「どんどん濁っていく」。

「アウトプットの質」が求められて、営利目的になると、どんどんやる気を失っていく。

「やりたい事」よりも「やらなきゃいけない事」が増える。

このブログで言えば「好き勝手に書けるのが楽しい」んだが、これが営利目的になると「言えない事」が出てくるし、「文章の構成や質」を上げなければならない。

いやーだー、メンドくさい〜。

…が、ここの腹をくくらなければ「先に進めない」。

これはどの職業を選んでもぶち当たる「壁」なんだよね。

この「壁を越える手段」が「勉強」なんだなこれが。

相当尖った事をしていない限り「先人がいる」のよね。

先人の書物ややり方から学んだ方が早い。

…まあ、ここで「文章作成って俺に向いてねえな」と思うんだが、そこはそれ。

んで「つまんねえ事も我慢して働くのが当然」と思ってたんですが、どうやら「違う」っぽいと。

 

「もう一個上の目標設定」があれば、耐えられる。

 

ブログで言えば、「その文章を書く明確な理由」があれば、勉強する気になるのね。

例えば「ファッションの面白さを伝えたい」とする。

そうすると「どう面白いか?」「何をすると面白いか?」を伝えたい。

という事は、そこでようやく「どう伝えるか?」にシフトするという事です。

何か「自分なりの目的」があればこそ「勉強しようと思う」訳であって、勉強ありきでスタートではないという当たり前のお話し。

だから、就職に関しては「何らかの思い入れがある業界」であれば、何処でもいいという。

入る前だけじゃなく、「入ってから勉強する」という意識でいれば、別に何処いっても平気なんじゃね?と思う。

漫然とした不安は消えないが、どうせならやりたい事やって、そこで勉強してった方が楽しいよね、と。

ある意味で「腹がくくれた」のが、最近の収穫。

 

▪️不安障害の克服

予期不安から発生した「全般性不安障害」から、ようやくちょっと抜け出したのが昨年。

まだ電車に乗る事に不安があって乗れなかったり、前に不安を感じた場所で気分が悪くなる事はあるが、少しづつ動ける範囲が増えていっている。

と同時に、「子供から好かれる」という特性が帰ってきたり、見知らぬ人にオープンに話せる感覚が戻ってきたり、昔の「良かった時の感覚」を少しづつ取り戻しつつある。

これと並行して「過去に拒否していたもの」の中で、向き合わなければならないものが出て来た。

「俺が病気になった理由」の何割かは、この「拒否して来た事」あったと言っていいかもしれないという結論に達した。

 

結局の所、否定してきてしまった事の中に「本当はしたい事」が混ざってたから、苦しくなったと。

ここまでダメにならんきゃ分からないもんなんだね。

 

▪️まとめ

うつ病」ないし「うつ傾向がある」人は、「今何を否定しているのか?」を考えてみるといい。

「これをしてはならない」

「これをしたくない」

と感じるモノの「理由」を突き止める事で、あなたの心の「悲鳴をあげている部分」が分かるかもしれない。

そしてそれは「本当に否定しなければいけないモノなのか?」と自問してみましょう。

よく言われる「ありのままでいい」というのは、こういう自問自答を経たモノです。

だからこそ、その人は温かくブレない。

ここを乗り越えた先は、人間として一歩進めます。

 

閾値を超えたら、人生は一気に逆転します。

信じて一歩ずつ進んでいきましょう。