自由帳!

超・雑記ブログ!一昔前の、日々思った事を書くスタイル。

なぜこのブログにスターをくれる人はコミュ強ばかりなのか?

 

コミュ強だから「色んな人にスターを送ってる」のか?

もしくは「万に1つの可能性」として、「俺がコミュ強に好かれる」のか?

*決着した。

「コミュ強はいろんな所に顔を出してる」

つまり、たまたまここにスターを贈ったというだけ。

 

まず「コミュ強の定義」からいこう。

 

◾︎コミュニケーション強者

通称「コミュ強」。

1、一定の言語能力と学力

コミュ強は「賢い」。

なぜなら「人に伝える事が出来る」から。

じゃあ「イケハヤ」や「はあちゅう」は?となるが、あれは…もう言うまい。

「分かるよな?」

 

真に賢いコミュ強は「人がどう思うかまで計算に入れる」。

そしてそれを反転して、「自分が不快だと思った事は言わない」。

なぜこれが出来るか?

「余裕があるから」なんですね。

自分の事で手一杯なやつは「人の事を考えられない」。

「周りに優しく」し「周りから優しくされる事が出来る」という「コミュニケーション強者のみ」が、「この余裕が持てる」。

そういう人には「人が集まる」。

そしてその輪が広がっていく。

ここまでいけば、もう「愚痴を言う事はない」です。

言うとしても「見えない所で言う」。

汚くない。

「優しくて人に気を使えるがゆえ」。

 

2、人を不快にしない

別の言い方をすると「言い回しが上手い」。

西野(亮廣)とか堀江(貴文)とかが「面倒くさいからお前らで調べろ、考えろ」と言う。

いや「分かるわけねーだろ」。

世間はお前の母親じゃねえんだよ。

そもそも「てめえの考えを聞きたい」っつって集まってくれた人に失礼だと思わんのか?

…というのを、「堀江さんは…ほら、頭が良いから」的な言い回しをする。

もしくは「触れない」。

うむ。英断。

「あえて触れていくスタイル」は、筆者のような「バカ」か、炎上マーケティング狙いの「ドカス」のみ。

「賢い人」は「触れない」。

yahoo!と2ちゃんとツイッターとモバゲーでしか話題にならない事は「バカの極み」。

触れちゃいけない。

「火中の栗」。

痛い所に突っ込むと「敵が増えるだけだと知っている」。

ゆえに「見て見ぬフリをする」。

超正解。

 

ちゃんと自分の人生を生きてる「コミュニケーション強者」は、「人と楽しくコミュニケーションをとる事を最善とします」。

つまんない事は「極力言わない」。

人に気を使うコミュ強から「強めの意見」が出たら「よっぽどの事」なんで、「察し」ましょう。

 

3、メリットを考える

見た人が、少しでも「見て良かった」と思えるような「趣向を凝らす」。

それぞれ「生きてる場所が違う」。

「職業」「趣味」「思考」。

それを持って「自分が出来る範囲で分かりやすく書く」という姿勢が凄い。

その工夫はもちろん、読者様に「伝わる」。

そして、スターが発生する。

スターが多いブログで「炎上系じゃない」やつは、「当たり前だけど難しいこれ」を徹底して行っています。

 

炎上系や「舐めた書き方が常態化しているブログ」は…イケハヤ、はあちゅうと一緒。

物凄く簡単に言うと、「一緒に飯を食いに行きたくない」。

 

コミュ強かどうかの判断は「これでいい」です。

コミュ強は「人の話を聞いてくれそう」なオーラが放たれています。

そうすると「こっちの奢りで、一緒に飯を食いに行きたい」と思う。

ちゃんと相手の好みをリサーチして、良いレストラン探して食いに行きたいと思う。

「一緒にメシを食いに行きたいと思うかどうか?」

それ即ち「自分のメリットにもなる」という事。

 

4、感情をのせるのが上手い

コミュ強のブログって、不思議と「見ていて気持ち良い」です。

なんかこう「伝わってくる」んですよ。

逆に、コミュ弱PV強なブログは「感情を排している」か「見ていて不快になる」。

「役には立つ」が、「楽しくはない」。

 

「快、不快」ってのはかなり主観的で「言語化が難しい」。

少なくとも「伝えよう」としている、とでも言えばいいのか。

 

ここは「センス」とも言える領域。

おそらく、リアルでも「感情を伝えるのが上手い」んだろう。

しかも「人をいい気持ちにさせる感情」を。

今の俺の言語能力では定義出来ないが、コミュ強のブログには「何か違う」モノがある。

 

◾︎プラスの感情の共有

役に立つだけじゃない。

総じて「ほっこりする何か」があるのが、「コミュ強ブログの特徴」。

物議を醸す系ブログや、このブログのような「やりたい事よりも、不満を出す事を優先しちゃう」ような「淡々としたブログ」は、「読後感が良くない」。

確かに「役には立つ」。

しかしながら「良い気分にはならない」。

 

違う違う。

「楽しく読んで役に立つ」事こそ、「本物」なんだよ。

これをしたら「楽しい」、これを「楽しいと思う」、これをしておくと「楽しめる」、など「プラス感情に寄った書き方」をしてるのがコミュ強のコミュ強たる所以。

つまんない気持ちを人に当てたって、つまんない気持ちが返ってくるだけなんだよね。

「楽しい事」「やりたい事」を書いて、楽しい感情、味わいたい感情を書く。

それが「素晴らしい読後感」に繋がっている。

 

◾︎まとめ

コミュ強とはつまり「人生を楽しんでる人」。

楽しい事や、やりたい事に全神経を向けよう。

 

もちろん不平不満はあるし、やりたくても出来ない事もある。

でも、それを書いたって「誰も得をしない」。

書いた自分はなんか「悲しい気持ちになる」し、読んだ人も同じ様に「悲しい気持ちになる」。

そう「悲しい」んだよ。

書いててスッキリはするんだけど、書き終わりに漫然と悲しくなる。

何回か読み直しても、悲しくなる。

 

そんなモノを公開するよりも、もっと楽しくなる事を想像し、相談し、仮説を出し、公開すればいい。

日々を「楽しい事」「やりたい事」をする、想像するで埋め、「自分を楽しい気持ちに持っていく」。

 

コミュ強ブログ様を見て、自分の今の「悲しいブログ」を見ると、差が際立つ。

 

小さな事でも「楽しむ」。

そして「楽しく書く」。

 

個人的に最近、お世話になった人に自分の「甘え」から、このブログで書くような「悲しさをぶつけてしまった」。

当然そこで終わっちまった訳だが、どうせならもっと「楽しくなるように話をする」方がいいのは論を待たない。

やっぱり「普段のクセが出る」んだよね。

 

コミュ強様は、おそらく「日々を楽しく過ごすようにしている」。

そしてそれこそが「読者を楽しませる唯一の方法」。

 

学ばせていただきましょう♪