自由帳!

超・雑記ブログ!一昔前の、日々思った事を書くスタイル。

恥ずかしいという事。

 

最近ハマってるカウンセラー「根本裕幸」氏の意見。

「世間体が気になる心理~自分らしく生きるために~」

http://www.counselingservice.jp/s/lecture/lec152.html

 

いいから読め。

後悔しないから。

 

◾︎偉大なるマザー

筆者は過保護な家庭で育って来た事もあり、自分の判断基準が母親となっていた。

しかしながら、困った事に「おかんの希望を満たす事が出来なかった」。

 

⚫︎反抗という名の拒否

そうそうに理解できねえ勉強を拒否し、社会的に真っ直ぐ進む道を閉ざした。

かといって、脇の道で堂々と歩いていける程の器量もない。

バンドを客前でやる度胸もなく、人前でダンスを踊る恥ずかしさにも勝てなかった。

*友達と遊びでやってたのは楽しかった。

辛うじて、ガワを取り繕う「ファッション」にはハマった。

…が、「中身を磨く事」と「頑張って結果を出す事」は出来なかった。

 

◾︎恥ずかしい存在「俺」

一般的な社会性を重視したうちの家庭では、「フリーター=社会的に恥ずかしい人」という認識が「俺に」あった。

故に、社会的に見た俺には価値がなく、親にとって「恥ずかしい子供なんだろうな」という観念のまま、かなりの時間を過ごす。

 

⚫︎どうやら誤解であったらしい

落ちるところまで落ちて、精神的にようやく戻って来た今だからこそ分かる。

「俺が笑顔でいればいい」らしいという事。

 

「恥ずかしい俺」は、幻想だった。

他人は俺にそこまでの興味はない。

 

もう、俺が俺の事を恥ずかしく思う必要はなかった。

堂々としたい事をしよう。

 

◾︎まとめ

5歳の頃にみんなの前でドラムを叩いて、失敗して「恥ずかしい」と感じた事からスタートした「恥ずかしさ」。

 その恥ずかしさの原因は、最初のリンク曰く「誰かの目が基準になっている」。


誰の基準を採用し、その基準は「本当に正しいのか?」


確認し、消化していきましょう♪