自由帳!

超・雑記ブログ!一昔前の、日々思った事を書くスタイル。

孤独という「精神と時の部屋」。

 

一人でいた絶望の果て的な所から、やっぱ「人といると楽しいよね」という所に帰ってきた。

 

◾︎孤独という「精神と時の部屋

「人付き合いに絶望した」とか「一人の時間が欲しい」という人は、一人の時間を一年くらいとってみるといい。

あらゆる絶望と、現実の接地感の無さ、今進む方向の正しさを求めたくなり、自分の決断するための自信の無さを実感し、あらゆる無力さを体感する。

 

そして、俺は何も出来ないんだと実感し、人生で正しい方向などなく、ただ決断して進むしかない事を理解する。

 

だがしかし「決断出来ない」。

これは今までの生活、性格、思考パターンからくると知り、また色々調べる。

そしてまた、思考の海に沈む。

 

そんな暗中模索で絶望が支配した状態から救ってくれるのは「人」。

たまたま話しかけてくれた仲間から繋がる温かさと、お前そんな絶望するほどダメでもなくね?という言葉に救われ、少しづつ前に進む力をもらう。

そうして出会った人から、また新しい「何か」をもらい、自分を持ち直すために勉強してきた「それ」を与え、前に進むための力をもらい、与える。

 

それを繰り返す中で、「人に希望や楽しい事を見て欲しい」、そして俺自身も「楽しい事やテンションが上がる言葉だけを人に使おう」と思っていく。

 

そう。

つまらない事を考えるのは「誰のためにもならない」。

俺自身もテンション下がるし、俺と絡んでくれる皆んなにも迷惑になる。

もちろん「俺の権利を奪う事」をされた時には相応のお返しをする。

とは言え、それ以外では「テンションが上がる事だけを言えばいい」。

俺も楽しいし、周りの人も楽しい。

 

ついにこの解答を得る。

 

もう絶望する事はない。

だってそこに「楽しい事がない」んだから。

 

理解されなくても、理解出来なくてもいい。

ただ自分が楽しく、相手が楽しい事をする。

 

合わねえやつ?

切り捨てていこうぜ。

「合うやつを大事にしよう」。

合わねえやつは気にするな。

そいつはそいつの「主義」があり、俺の「楽しくやろうぜ教」と合わないだけ。

最小限の絡みにすればいい。

どうしても気に入らないなら、思い切りぶつかれ。

ちゃんと叩き潰せよ?

そこはお前の判断だ。

 

ただ、最終的には「楽しく生きよう」。

 

◾︎まとめ

絶望の砂を触った時に、やっと「人の温かさを知る」。

そこにある、人の温かさにフォーカスしてみよう。

お前は大丈夫と言ってくれる人達を信じてみよう。

一般化を押し付けてくる人に、その窮屈な考え方を解放するように教えてあげよう。

お前はダメだと言ってくる人に、その自己否定を止めるように諭してあげよう。

 

そして、自分の思考の「枷」を外そう。

俺の周りの世界は、俺が思っているより温かく、もっと人に頼る事ができる。

 

もちろん「あなたの世界も」。

 

さあ、楽しい事にフォーカスしよう!

 

新しい世界へ一歩踏み出してみよう。

そこに温かさがあるから。